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​八代について

​ 八代地域は九州山地北西縁に北東~南西方向に走っている日奈久断層により、西の八代平野と東の山地とに区分され、八代市・氷川町の1市1町で構成され、南北約35㎞・東西約50㎞に広がり、面積は約714㎢で県土の約10%を占め、全面積の約3割が平野、残りの約7割が山間地である。

 八代平野は、日本三急流の一つである球磨川等から流下した土砂の蓄積によりできた扇状地式三角州が基礎となり、江戸時代初頭からの相次ぐ干拓事業により、形成された沖積平野である。そのため山裾から海までの平均勾配は1‰と非常にゆるやかである。

​ 交通の要衝では鉄道は九州新幹線、JR鹿児島本線・肥薩線、肥薩おれんじ鉄道が南北に走行し、道路は九州自動車道、南九州西回り自動車道、国道3号、219号、443号、445号が整備される。

​ また、八代港のクルーズ船22万t級の受入が可能なクルーズ船専用岸壁、延床面積約3500㎥のCIQ(関税、出入国管理、検疫)を備えた旅客ターミナルの「くまモンパーク」からなる受入拠点「くまモンポート八代」が完成し、物流拠点として、県内最大の貨物取扱量を誇る。

​特産品

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 豊かな大地、海、山、川の恵みが育てる産品のいぐさ、トマト、晩白柚は、どれも日本一です。

 

・晩白柚は、果肉がたっぷりで爽やかな香り。とにかくでっかい。国内最大の柑橘類。

全国の生産量の約90%が八代で占められています。名実ともに八代地域が唯一の山地です。大きいものは約三キログラム、子どもの頭ほどの大きさにもなります。台湾の在来種、白柚(ペイユ)より熟期が晩生のために、晩白柚と名付けられました。

・「安全で安心なトマトを作ろう」生産者のそんな誠実な思いの結晶が、やつしろトマト『はちべえ』。黄色灯などを使い、減農薬栽培に努めています。

​そのやさしさ、おいしさが愛されて生産量は日本一を誇ります。そのネーミングは、八代平野の「八」と「平」を組み合わせたところからついています。フルーツのように甘い塩トマトとは海に近く干拓によって広がった八代平野の土壌は塩分濃度が高く、最小限の水と養分で育ちます。小さめで、ビタミン、ミネラル、アミノ酸をぎゅっと凝縮した糖度8度以上の旨いトマト、それが塩トマトです。

​・香ばしい香りにつられて日奈久の温泉道を歩くと、ちくわがグルグル回って焼かれています。日奈久近海でとれた新鮮なハモやグチがたっぷり使われています。焼きたてアツアツをほおばると、得も言われぬ満足感に包まれます。いつも食べているものとは一味違いますよ。

・しょうがは、馬刺しに冷奴、魚の煮つけ等の名脇役になり、料理には欠かせない存在です。八代市東陽町(旧東陽村)は、その品質の高さから「日本一のしょうがの里」と言われ、地域内の約9割の農家が栽培しています。味噌漬け、しそ漬け、飴、せんべい等のしょうが加工品も多数あります。10月にはしょうが祭りが開催されます。

・夏から秋にかけて黄金の実をつける梨は、あのみずみずしさがたまりません。氷川町(旧竜北町)の吉野の丘陵では、幸水・豊水・ジャンボ梨の新高(にいたか)が日射しをいっぱいに浴びて大きく実り、国内外に出荷されています。

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観光

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 八代城跡、日奈久温泉、松浜軒、五家荘平家の里、梅の木轟公園、立神侠などがあります。

​・八代城は、元和5年(1619年)の地震により、麦島城が崩壊したため、熊本城主加藤忠広(清正の子)が幕府の許可を得て、家老の加藤正方に命じ、同6~8年にかけて球磨川河口北側の松江村に築城した平城です。

 寛永9年(1632年)改易となった加藤家の改易により熊本城主となった細川忠利の父忠興(三斎)が入城し、北の丸を居所として四男の立孝(立允)を居住させました。正保2年(1645年)5月に立孝が、続いて12月に三斎が没したため、翌3年(1646年)家老松井(長岡)興長が入城し、以後は代々松井氏が在城しました

 落雷による焼失や明治維新後の取り壊しがあるも、本丸の石垣と内堀が残り、本丸跡に懐良親王をまつる八代宮が鎮座しています。

・松浜軒(しょうひんけん)は、八代城主・松井直之(なおゆき)が元禄元年(1688年)に作った御茶屋です。当時は松林越しに八代海や雲仙を望む雄大な庭園でした。園内の池には伸びやかな石の配置が行われ、築山(つきやま)の石組みや桂離宮天橋立(かつらりきゅうあまのはしだて)の景色に似た造形など、大名庭園として変化に富んだ風情を作り出しています。

 2002年に「旧熊本藩八代城主浜御茶屋(松浜軒)庭園」としての国の名勝に指定され、江戸時代初期の大名庭園として貴重なものとなっています。6月上旬には約5,000本の肥後花菖蒲が見ごろを迎え、人々の目を楽しませています。また、庭内には児宮(ちごのみや)や稲荷神社が祭られており、子どもの健やかな成長や家内安全・商売繁盛にご利益があるそうです。

・日奈久温泉は今から約600年前(1409年)浜田六郎という若者が父親の刀傷を癒そうと神に祈ったところ、夢でお告げがあり、お告げの場所を調べてみると温泉が湧き出てきたという歴史があります。江戸期には八代藩主の御前湯となり、平成21年に開湯600年を迎えた伝統の湯処です。現在も歴史を感じさせる街並みが往時の面影を伝えています。

・五家荘平家の里は五家荘に伝わる平家伝説を紹介する資料館。館内には、落人ゆかりの品々が展示されています。中でも平家の鬼山御前(玉虫御前)と源氏の那須与一の息子・小太郎との恋物語のアニメーションは必見です。また、平家の繁栄期を思わせる朱塗り能舞台もあり、毎年、神楽や平家琵琶の演奏などが披露されます。

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